2009年10月 2日 (金)

浜松いいとこ見いつけた・・CINEMA e~ra

 少しまとまった時間が出来ると映画を見た。といっても月2本程度、それもずーとシネコン。この程度で映画が趣味とはとても言い難いが、新聞で紹介される映画を見るには東京に行かなきゃ、と岩波ホールまで出かけたこともある。調べりゃすぐわかる事なのに知らなかったな、浜松にシネコンで公開されないいい映画を上映している所があったなんて

 ラジオでドキュメンタリー映画「精神」の紹介を聞き、その時シネマイーラ(http://cinemae-ra.jp/ )を知った。そのパンフに、日本で公開可能な映画は1年間で約800本、うちシネコンなどの大型施設で上映されるのは240本とあった。見られたのに見逃してきた映画がたくさんあったんだ。

 9月に見たのは「精神」と「台湾人生」。後者では近くに座った方から「あなたも台湾にいらしたの?私は18才まで台湾にいたの、懐かしいよね」と声をかけられ、どうしてこの映画を見に来たかということでひとしきり話した。映画をみるのは娯楽の面もあるが、私には映画から学ぶ事が多いように思う。

 またまた忙しくはなるが楽しみがまた一つ増えた。

2008年2月 8日 (金)

「アメリカンギャングスター」を観て

 「ビューティフルマインド」、「シンデレラマン」などを観て、ラッセル・クロウという俳優が好きになり、扱っている内容にはチト躊躇があったのだが、映画館に足を運んだ。怖い映画や暴力的な映画は基本的に私の趣味ではないので。

 1970年代初期のニューヨークで、ハーレムを仕切る麻薬王のフランク・ルーカスと麻薬犯罪を追う刑事リッチー・ロバーツの対決の物語。二人は実在の人物という。穏やかなアジアの農村で栽培されている麻薬の農園、ベトナム戦争の軍用機を用いた麻薬の運搬、腐敗がはびこるニューヨーク警察など、大変面白く観た。

 「けもの道をいく実在の男たちの、容赦なき闘いの人生!」とスローガンにあるが、その男たちにある家族への思いや「弱さ」などが描かれていて、キャストの演技には引き込まれた。何より一応最後は二人の男が生き残り、「正義」が勝ったのが良かった。勧善懲悪が好きなんですね。

2008年1月29日 (火)

映画「母べえ」雑感

 昨日に引き続き映画の話題、「母べえ」のこと、今日見てすぐにブログに書きたくなる映画だった。昭和15年太平洋戦争突入直前からの数年間、お互いを「べえ」つけで呼び合う、仲むつまじい家族のたどった運命を描く。

 山田洋次監督の作品は、「故郷」「家族」「同胞」などから始まり、寅さんシリーズはもちろん「学校」シリーズ、近年は「たそがれ清兵衛」などの時代劇などすべて観てきた。そのなかで今回の「母べえ」は、私が生まれる前の日本の様相を含め実に「自然に」心に落ちる作品となっていて、映画が終わった後もしばらく座席に座っていた。吉永小百合が縫い物をしながら、獄中の夫に書く手紙の文を語るところは、「こういう風景が当時確かにあったんだろう」と思わせ、吉永小百合の自然で真実を語る台詞が一層胸に迫る。

 真実で一生懸命で正直で・・・そんな人がとても愛おしくなる映画だった。原作は、長年にわたり黒沢明監督のスクリプターをしていた野上照代のノンフィクション作品「母べえ」。

2008年1月28日 (月)

映画の地域格差・・贅沢かな?

 昨年末から今年にかけてみた映画、「ALWAYS」、「HERO」、「椿三十郎」、「マリと子犬の物語」、「茶々」と邦画が続き、最近では、「ナショナル・トレジャー」「アース」「I AM LEGEND」。月平均2~3本。

 地方都市ではこうした新聞に大々的に取り上げられる映画しか見られない。岩波ホールなどで上映されるような、話題性はあるが集客できない映画は当地には来ない。といって、交通費を使って名古屋、東京まで行く根性はない。で、DVDやBSなどで見ることになり、半年から1年後まで待たなくてはならない。やむを得ないことではあるが、これも「格差」だなーと思う。贅沢だ、と思われるふしもあろうが、「何か面白いことないか」とキョロキョロしている定年すぎたおばさんの戯言。

 数日前に見た「I AM LEGEND」、2012年人類が死滅した地球で一人生き残った有能な科学者の話。3年間孤独の中でいっしょに過ごした愛犬が、ウィルスに感染した犬に噛まれて死んでしまうところは主人公の悲しみに重ねて本当に悲しかった。

 10日ほど前のBSでは老人問題を扱った映画を連続して放映した。「もがりの森」(2007)、「老親」(2000)、「そうかもしれない」(2006)。自らの今と未来に照らして色々考えながらみたことだ。

2007年11月 8日 (木)

秋は夕日が似合う

 「秋の夕日に照る山紅葉♪♪~」、「夕焼け小焼けの赤とんぼ♪♪~」と歌にもあるように、秋は夕日が似合う。それでと言うわけではないが、再度映画の話。

 「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を観る。マスコミに多く取り上げられているので、もう書くこともないが、昭和34年頃の自分と重ね合わせて感ずることも多かった。

 小学校6年生だった。伊勢湾台風の記憶が強烈だ。雨戸がとばされないように家族で必死に雨戸を押さえた。停電で瓦がとばされたところから畳の部屋に雨が落ちてきて本当に怖かった。小学校最後の運動会は台風のため中止になった。村の川に土砂といっしょに人が流されてきて死んだ、という話を聞いた。近くの家に救援物資が届き、ソーセージや毛布をもらった。

 この映画のような家族・地域の人間関係の「濃さ」が確かにあったような気がする。学校で学習して私が議長になって「家族会議」を開いた。農家だったわが家は現金収入が少なく、給食費を払うのが結構大変だった。家族のドタバタは日常茶飯事、遠くの友人の家にテレビを見せてもらいに行って帰りが遅くなり親に叱られたことも。

 見終わった後のすっきり感、今の生活も「まっいいか」という気分になった

 

 

2007年11月 4日 (日)

映画「グッド・シェパード」・・組織と人間

 ロバート・デ・ニーロ監督の「グッド・シェパード」を観る。主役のマット・デイモンが、任務遂行に当たって常に無表情な顔をしているが、時にふっと、人らしく感情を表す時の変化がいい。

 CIAという誰もが知る対外情報機関要員の確保のために、イエール大学に置かれた学生組織に属した主役、ケネディ大統領の時代にキューバのカストロ政権打倒をもくろんだピッグス湾事件、その失敗は内部のスパイ、それは誰か・・・・そうした歴史上の様々な事件の映像がフラッシュのように挿入され、緊迫感を一層強めている。後のキューバ危機やケネディ暗殺にもつながるテーマで、2時間47分映画に引き込まれた

 昨年2月、下野で最後に観た映画が「ミュンヘン」だった。パレスチナゲリラによるイスラエル選手団襲撃事件に端を発した報復劇、その組織の中の人物を描いたスピルバーグの作品だ。グッド・シェパードとミュンヘンが同じエリック・ロスの脚本だったことを知り、組織の中の人についての共通点を少し見た感じがする。

2007年9月27日 (木)

「ミス・ポター」を見る

 ピーターラビットの絵本作者、ビアトリクス・ポター(1866~1943)を描いた映画、1が月ぶりの映画館。

 主演のレネ・ゼルウィガーは、ニコールキッドマンと競演した「コールドマウンティン」を見てとても好きになった。独身で絵を描き続けるポターが、出版社に絵本の出版を持ちこむところから物語が始まり、編集者ノーマンとの出会いと恋、突然の別れ、そして湖水地方での再出発と自然を守る活動。

 恵まれた環境に生まれた人だけに、いわゆる「生活臭」を感じさせない映画、だからゆったり安心して見ていられる。悲しい別れもその後の希望をしっかり見届けることができるのだし。20世紀前半という時代的制約がよく描かれていてその中で生きる女性の「生きがい」とは何かを考えさせた。

 ターシャ・チューダーもそうだが、イギリスは、自然の中で心優しい作品を創る女性作家を生み出している国だ。

2007年7月11日 (水)

一人で映画を見る

 趣味の一つに映画鑑賞が加わったのは7年ほど前である。現職中は仕事が忙しく映画館に足繁く通うことはできなかったが、それでも年に10本ほどは見ていた。その10倍のビデオを借りて、それまでに見ていない映画を時間がとれると次から次へと見ていた。

 退職してからは月2本のペースで映画館に行く。一人で。そんな話をボランティア仲間にちょっとしたら、「一人で行くの?」と怪訝な顔をされた。単純にいっしょに見てくれる人がいないだけの話だが、一人で見たい映画の世界に浸るのは結構楽しいものがある。6月はパイレーツ・オブ・カリビアン、ダイ・ハード4.0とアクションものが続いたが、先日は、スペイン映画「ボルベール<帰郷>」を見た。内容は結構暗いものだが全体として極彩色の華やかさがある。昔の駄菓子なんかをかじりながら、ひとり、今と全く違う世界に入り込んでいく。最初の画面に出てくる道の両側の糸杉、あーこれがスペインの道だ、等と思ったことだ。

2007年4月21日 (土)

どういう映画を見るか

 「この映画を観たい」と思うとき、人それぞれに好みや何らかの動機付けがある。20日、「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」を観た。理由はオカン役の樹木希林。NHKテレビの「この人にときめき」で、樹木希林が「捨てられないもの」として、「子どもが小さいときに作った作品」をあげ、子どもの作った焼き物を見せていたのがとても印象に残ったからだ。わが家には子どもたちが小さいとき作った工作作品があちこちにある。状差し、やじろべー、壁掛け、人形などなど。「ものは使ってこそ味わいが出る」という言葉もいい。

 昭和の筑豊の炭坑町で育った少年が、東京タワーの下で母を看取るという話。いたずらをし、いい加減なところもいっぱいあるボク、子どものためなら何でも許してしまうオカン、いつも最後までやりとげず中途半端になってしまうオトン、親近感が湧く。

 

2007年4月10日 (火)

還暦を迎えて

 今日還暦を迎えた。朝、手のひらを見ながら、「うーーーん、今日還暦だ!」と声を出し飛び起きた。

 今年の正月の一句    還暦や 来し方思い 初日浴ぶ

 60歳以上は映画がすべて千円、で、「ブラッド・ダイヤモンド」を見る。チケットを買うとき、「今日から60歳以上です」って言ったら「おめでとうございます!」と言われた。アフリカのダイヤをめぐる闇が描かれる。狂気と混乱のアフリカの内戦、少年兵の存在。デカプリオ出演を見たのは4作目、アカデミー賞を取った「ディパーテッド」に次いでの野性味あふれる演技。

 一つの節目の日だった

2007年3月18日 (日)

「蒼き狼」を観る

 チンギス・ハーンの生涯を描いた映画「蒼き狼 地果て海尽きるまで」を観た。オール・モンゴルロケで英雄と呼ばれた男の愛と憎しみを壮大なスケールで描く、とパンフレットにあった。モンゴルの自然、広々とした平原、山々の上を通り過ぎる雲の影の映像がいい。また、騎馬隊による激しい戦闘シーンも圧巻。

 最初の画面で、モンゴル民族衣装をまとったチンギスの父と母が日本語で語ったとき、ふと違和感を感じ、それが終末まで続いた。日本人が演ずるモンゴル人の世界、言葉がちょうど日本の時代劇のようであったことも、映画にしっくり入れなかった理由の一つ。小説では井上靖の名作があるし、森村誠一の原作も小説としては面白いのだが、映像になるとこうした思いを持ってしまう。モンゴル人が描く「蒼き狼」が観てみたい、と思ったことだ。

 

2007年3月 2日 (金)

「ボビー」を見る

 風さんの初めての「デイサービス」参加、決して「喜んで」ではないけれど、私の「このまま家に黙って座っているだけでは本当にぼけちゃう」という意見に押されて出かけることとなった。私に与えられた自由な時間6時間、で、タイトルの映画を見た。

 1968年、6月5日、ロバート・F・ケネディ暗殺の日、ロサンゼルスのアンバサダーホテルにいた22人の人々が織りなす様々な物語を映像で追う。人生をいろいろ考えさせる。その状況は全部違うが、当時の泥沼化していくベトナム戦争やキング牧師の暗殺などのアメリカ社会の現実に結びついて描かれる。

 当時私は大学3年生、ベトナム戦争との関わりは学生生活のかなりの部分を占めていた。アメリカ内でどういうことが起きているのかも知らず、結構単純に「ベトナム戦争反対」を唱えていたと、今思う。

 ケネディが演説で言う、「アメリカを、欲を持たず思いやりのある社会にしなくては」・・・・とても新鮮に感ずる言葉だった。

2007年2月16日 (金)

あなたになら言える秘密のこと

 題名から「どんな秘密を持った女性の話か」と言うことに関心を持ってみたが、いろいろ考えさせられた映画だった。

 ・クロアチアを巡る1990年代前半の紛争、多数の死者と難民を生み出したこの争いが私の頭からもすっかり「忘れ去られている」という現実を突きつけられたこと

 ・ユーモアを交えた雑談の中から本当の人と人との対話が生まれるし、話さなくても通じ合うことがあること

 ・海が怖かった男の子、親友の妻との関係を悔やむ男、汚染された海を救いたいと願う海洋学者、料理を工夫し味わうことの喜びを表現するコックなど人の大切な本質を考えさせてくれること

2007年2月 1日 (木)

映画に魅せられて

 数年前から映画鑑賞が私の趣味になっている。ビデオも含めて1年間に100本は見てきた。昨年4月浜松に来て、6月まではそれどこではなかったが、7月からボツボツ見始め、今年度は「ナイロビの蜂」から始まって、今日の「それでもボクはやっていない」までで18本の映画を見た。ビデオやBSの映画は今後カウントしないで、映画館の映画のみを対象にして、映画記録を付けてきた。映画は極めて楽な趣味だ。自分の体を映画館に持って行けばいい。読書より労力を要しない。

 さて、今日の映画、周防正行監督による裁判をテーマにした社会派映画だ。ある日突然事件に巻き込まれ「刑事裁判」の中に放り込まれた青年、その怖さをひしひしと感じさせる映画だった。理不尽、と言う言葉がぴったり、こうした理不尽な目に遭うことは誰にでもあることかもしれない。

2006年12月12日 (火)

「硫黄島からの手紙」をみる

 先月の「父親たちの星条旗」に引き続いて今日見出しの映画を見た。クリント・イーストウッドが、出演者はほ全員日本人俳優である映画を製作・監督している。日本の映画であるが、描き方は従来の日本映画とは微妙に異なっているように感じた。新聞紙上でも様々な論評がされているが、「戦争には英雄がいないというメッセージ」「乾いたリアリズム」「日本人がつくるべき映画だった」(半藤一利)などには共感できる。戦場で戦う人間が家族を思い、家族から思われている、ということはアメリカ兵も日本兵も同じだ、というメッセージは十分に伝わってきた。

2006年11月 2日 (木)

映画雑感

 浜松に来てこの半年で10本の映画を見た。若い頃は日々の仕事や生活に忙しく、映画を見ることは年に1,2回程度だったが、20世紀半ば頃の洋画についてゆっくり語る中年の方々がとても羨まく、この人たちは若い頃映画をずいぶん見てきたんだな、などと思ったものだ。その反動か、2000年頃から時間の許す限り、興味をもった映画を見に「映画館」へ行ったり、古い映画をビデオやテレビでよく見るようになった。淀川長治「映画ベスト1000」を座右において、この中の1割くらいは視聴した。新作も興味あるものを見によく映画館へ足を運んだ。宇都宮では上映されないものも多く岩波ホールまで出かけたこともある。

 昨日、クリント・イーストウッドの「父親たちの星条旗」をみた。12月8日には「硫黄島からの手紙」が公開される。数万もの若い日本兵、アメリカ兵が命を落とした、1945年2月の硫黄島の攻防戦をアメリカ側と日本側両者からえがく二部作である。「私の2本の映画も勝ち負けを描いたものではありません。戦争が日本に与える影響、本当ならもっと生きられたであろう人々に与えた影響を描いています」というイーストウッドのメッセージどおり、戦争について考えさせられた映画だった。そして今、R・F・ニューカムの「硫黄島」を読んでいる。