2009年2月 8日 (日)

立春もすぎたのに・・丑の干支のはなし

 干支に因んだ話しが出るのはお正月、と決まっているものの、今年はこの話題を書きそびれたので、今さらとは思うが、年賀状を整理しながら一言Dsc02488

 写真は元気はつらつ教室の会員さんが作った「羽織を着た牛」のミニ色紙。干支の因んでその年への思いを書くことはよくあること。ここに書かれた文字や年賀状の文字を書き出してみると。

 ことしモー元気taurus もうと御慶をもうす牛殿taurus たとえ牛歩でも展望を開くtaurus ウッシ!!気合い十分taurus モーしぶんのない年にtaurusDsc02509 Dsc02508

 小さい頃、自宅の三和土(たたき)には牛小屋があって農耕牛と共に生活していた。切り藁に小糠をまぶしたものを飼葉桶(かいばおけ)に入れるとのんびり食べていた。牛の鼻輪に棒を付けそれを引っ張ると、牛はその方向に歩く。鋤を突けた牛の鼻輪をとるのは子どもの仕事で手伝った覚えがある。強く引くと牛は真っ黒の大きな目に涙をためていたような記憶もある。そんな時代もあったね、という話。

 で、私の干支に対する思いは、この小さい頃の経験から、自分の道をゆっくり勤勉に、というこれまた平凡な話。

2008年9月14日 (日)

富安風生の句碑

 地元の老人憩いの家「やまゆり」の玄関脇に富安風生の句碑がある。ここは高齢者クラブはつらつ教室があるところで、週1回、私の仕事場ともなる。Dsc00997この間、この句碑の内容について聞かれたので、わが家にある文献を調べてメモを作ってみた。

 碑には、「生くること やうやくたのし 老の春  風生」とある。風生80歳(昭和39年)の作、同文の碑が新潟県や千葉県にもあり代表句の一つといえよう。また、高齢者対象の施設に適した句だと思う。

 風生は1885年に生まれ若いときから俳句に親しみ、1979年94歳で逝去するまで俳句の世界に生きた人。妻を阿多古の大富部家から迎えていることもあり、天竜に関係深い人物でもある。建立者は二俣町の歯科医鈴木幸平氏。除幕は昭和51年9月9日と92歳の風生の年譜にある。

 風生の句碑は、1992年の調査段階では全国に73あり、愛媛に15基、山梨・千葉に12基、4番目が静岡県の9基である。その内の6基は天竜区内にある

 昭和57年、三ヶ日町都筑に「藺を干してこの村にわが身寄あり」という句碑が建てられた。見寄とは風生の姉である「もと」のことで、わが家の風さんの母に当たる。ふわーと風のように来るから「風さん」と名付けたが、風生の風とも言えるなー、などと思ってみる。coldsweats01

2008年3月26日 (水)

年度末・桜だより

 23日、東海道の脇道、姫街道の桜並木を、つれあいと娘と3人でゆっくり歩いた。つれあいが小学校時代を過ごした地、気賀。その頃の思い出を聞きながら桜の木を見上げる。つぼみは今にも開かんばかりに脹らんでいるのだが、花がなかなか見つからない。

 あった、あった。つぼみの中に一輪の花、しばらく行くと一本だけかなりたくさん花を付けている木を見つけた。Dsc01174いずれ全部咲くのだから、満開のその時を楽しめばいいようなものだが、こんなふうに咲いた桜をさがし、咲きそろうまでの過程を見ているのも、またいい。 Dsc01177                           

 元気はつらつ教室のある光明山(天竜区二俣町)の桜は、今日26日には満開に近い枝もあった。その桜が見える窓を背景に、年度末の写真をパチリ。腰にはみんなで作った紐の三つ編みベルト。

 「思い出のアルバム」のメロディに合わせて、はつらつ教室の一年間を替え歌で歌いさまざまDsc01180な活動を思い浮かべた。一年間、週1回の「仕事」として勤めさせていただいた。会員さんたち、社会福祉協議会の職員の人たち、ボランティアや講師の方々、そして主任さん仲間、これらの人から受けた情報や思いは、2年目の浜松生活をとても豊かにしてくれた。来年度も体操・手芸・おしゃべりなどに楽しい時を過ごそうね。  「~♪はつらつ仲間、いつまでも♪♪」。                                                                                                                   

2008年2月29日 (金)

小学生からパワーをもらう

 高齢者はつらつ教室に地元の小学6年生が訪問してくださった。卒業式のばらの胸章を、はつらつ教室の会員さんたちが作ったのでそのお礼に来てくれたのだ。会員さんから渡されたバラを見て、あちこちから小学生の「わー、きれい」という歓声が上がった。

 最初に力強い歌声のプレゼント、「荒城の月」や「故郷」など。次いでバラの花についての感想を話してくれた。最後は会員さんたちとのじゃんけんゲーム。握手して名乗り合いじゃんけんをして勝った方がおもちゃのお札をもらう、というものだが大いに盛り上がった。

 後で感想を聞いたら、「涙が出てきちゃったよ」、「いい子たちだねー」、「パワーをもらった」などのことばが。最後の写真、小学生が腰を落とし高齢者と目線を合わせておしゃべりをしている。とっさにこういう態度を取れるって本当にすばらしい。いい卒業式になりますよう、そして元気な中学生になってください。 Dsc01123 Dsc01124 Dsc01126

2008年1月20日 (日)

最近の手仕事

 週1回の高齢者クラブ「はつらつ教室」では、歌や体操、ゲーム、手芸などをして一日楽しく過ごしていただくよう様々な企画がなされている。多くは先輩やレクレーションの指導者に教えていただくことが多いが、先ずは私自身が「できる」ことが第一段階

 ということで最近作ったモノ。 リボンで作ったバラのコサージュ、折り紙によるねずみ(マッチ箱より小さいのです)、縮緬ねずみ(中は発泡スチロール)などなど。Dsc01036 手作り、ということDsc01040に大きな楽しみを感ずるようになったこのごろ。Dsc01038

 自分が作るのは努力すればある程度のモノはできるが、高齢者が「作れる」ように説明したり、作り上げて成就感を持っていただくには、やはり努力が必要だ。

 そのための準備と段取りの付け方、しっかり考えていかなければ、と思う。当然のことであるが、自分ができることと人にやってもらえるようにすることとは違うことなんだ、ということを理解したうえでの取り組みをしなくては。     

2007年10月12日 (金)

介護老人福祉施設での実習

 ヘルパー研修の仕上げは5日間の実習、その第1日目。胸に「実習生○○」という大きな名札を付け、まずは「よろしくお願いします」と施設に入る。もちろんここは利用者さんの生活の場、勝手の分からぬ私が「じゃまになってはいけない」と自分に言い聞かせる。

 目標は、①施設の一日の流れを知る、②利用者さんとのコミュニケーションの仕方を学ぶ、の二つ。若い介護職員の方々のきびきびした動きを見ながら自分のすることを探す。

 午前のおやつ、昼食の準備と食事の援助、午後のお茶会への参加援助、午後のおやつという流れの間に、利用者さんと話をする。いろんな人生を経てここでの生活がある。ホントにホントに多様な。数人の方と話をする。昔の話になるとよく話してくださる。障害があり自分の意思を伝えられない方にもできるだけ声掛けをする。

 力まず自然体で体験させていただいたが、やっぱり家に帰ると疲れを感じた。多くの人生を聞いたのと老いることを体験の中で改めて感じたからかもしれない

 

2007年10月10日 (水)

思い出せない!!!

 エー、これって何だったっけ? あの人の名前は何だったけ?・・・

 多分そんな思いは誰にでもあるだろう。だが、今日の「思い出せない!」は結構強烈だった。

 仏壇に花壇から花を取ってきて供えた。その花の名前は絶対に知っていたはず。種から育てて近所の人にも説明していたんだから。でも全く思い出せない。確か日本の漢字表記だったよな、このかさかさした紙みたいな感触に関係する名前だったような気がする、この花の種の説明書があったはず・・・など手がかりを何とか思い出そうとするのだが全く手がかりがつかめない。インターネットの「花の名前調べ」でたくさんの写真を見てみるが出てこない。その間2時間!もやもやのままに説明書を見付けた

 その花の名は、「帝王貝細工」、そうだよそれだよ。

 義父の27回忌法要の通知文を作る。法要の後の会食の場所、姿も位置もすべて思い出せるのにその料理屋の名前が出てこない。

 マッチがあったよな、その店でもらった。あったあった、その料亭の名は「納涼亭」

 こんな事が続き、自分の脳の老化を思いっきり突きつけられた。かなりのショックだったが・・・。

2007年10月 4日 (木)

「十月の小夏」

 朝夕はかなり涼しくなったが、日中は結構暑く27度。10月に入って最初のはつらつクラブでは、衣替えした会員さんが集まって来られた。私は、というと半袖のTシャツのまま。

 集まってきた会員さんの話

 「ホントに暑くなったり涼しくなったりで何を着ていいかわからない。夏服を出したり入れたり」

 「このあたりでは”十月の小夏”って言ってね。十月に暑いときがあるって昔からよく言ったんだよ」

 十月の小夏、と言う言葉を初めて聞いた。辞書を引いてみるが、「小夏」という言葉はない。遠州地方の方言なのだろうか。

2007年8月26日 (日)

お月見にはどんな色紙作りができるか

 残暑は厳しいがあと少しで9月、高齢者クラブの会員さんも、夏のひまわりの色紙を秋のものに取り替えなくては。何にしようか考える。9月25日は中秋の名月、10月23日は「後の名月」(十三夜)だからそれに因んだ作品を作ることにしよう。

 作業があまり困難ではなく2時間弱で仕上がり、飾っておきたい気分のもの。テーマは「月ウサギ」、はじめの写真のようにDsc00758いろいろ考えたが、結局中央の写真のものを作ることにした。 Dsc00759_2 折り紙でもいろいろ折ってみたが、兎の丸みを出すのは難しく、折り方も難しい。三宝を折るので、話の種になるかもしれない。Dsc00760 作品をあれこれ考えるのもまた、楽しい。

2007年7月25日 (水)

手作りアルバム

 アルバムとは写真、絵画、切手などを貼る帳面を言う。高齢者クラブ・はつらつ教室では既成のアルバムではなく手作りのアルバムを作っている。

 色上質紙とお花紙を交互に組み合わせ、厚紙の表紙を付けて製本テープで閉じる。表紙絵は塗り絵であったり手書きだったりする。一人一人の高齢者が自分で作る。何年も前から行われてきたようだが手軽で良く考えられている。日々の活動の様子や成果をデジカDsc00661メで撮り、自宅のプリンターーで印刷。インデックスを付けて今年度4ヵ月分の写真10枚を貼ってもらう。

  出来上がったアルバムを見比べながら会話が盛り上がる。写っている姿を見て笑顔で話す。笑い声があがる。

 人は自らの歩みを何らかの形で記録にとどめておきたいと願う動物なんだ、と思う。わが家にもその歴史をたどるアルバム二十数冊がある。記録をとどめることに一際意義を感じた私自身の仕業だ。昔のアルバムは厚く重いので実にかさばる。CDやパソコンのハードにコンパクトに残すことは可能だが、手作りで編集したアナログのアルバムこそ、繰り返し手にとって見られるよさがある。

2007年7月24日 (火)

久々の歌舞伎鑑賞

 数年ぶりに歌舞伎を鑑賞した。アクトの松竹大歌舞伎。舞踊「玉兎」、「仮名手本忠臣蔵祇園一力茶屋の場」、「太刀盗人」の3つの出し物。

 私が生まれた美濃の村には「芝居小屋」があった。秋の取り入れが終わると、家族で、きのこの煮付けの入った弁当を持って「枡席」で鑑賞したものだ。スルメかおでんかの匂いとともに幼い頃の思い出である。歌舞伎は村の青年団が中心になって演じていたように思う。そのせいか、歌舞伎を見るのが好きだったが、浜松に移って東京の歌舞伎座がずいぶDsc00654ん遠くなってしまった。 

 写真はその記念に買ってきた隈取りの手ぬぐい。実は高齢者クラブで「やらまいか」体操をやっているので、その「まいてぬぐい」。明日早速使う予定。

2007年7月19日 (木)

向日葵・ヒマワリ・ひまわり

Dsc00640 最初の写真は、今、 わが家の花壇に咲いているひまわり。ひまわりと言えば大きくいかにも逞しい花の代表だが、これは矮性種で背丈50㎝くらいのもの。種を10粒以上蒔いたが発芽率は50%程度だった。鮮やかな黄色がいかにも夏らしい。

 高齢者クラブで、折り紙を使ったひまわりの色紙を作った。Dsc00645この立体的なひまわりの花、2枚の色紙を組み合わせて作る。色紙の裏を折っていくので、どうしてこの花になるのか、最後の段階で広げるとこうした立体的な花になる。そのできあがり方はちょっとした感動物。クラブを担当する相棒が作り方をインターネットで見付けてきてくれた。一人一人が一生懸命折って最後には歓声が上がった。

 下の写真のように今まで何度かDsc00646_1ひまわDsc00644りを折ったが、Dsc00647今回のが一番いいような気がする。折り紙も様々。南米ペルーの国花。太陽神アポロンに恋した海の精クリティの立ちつくした姿とも。