2008年9月14日 (日)

富安風生の句碑

 地元の老人憩いの家「やまゆり」の玄関脇に富安風生の句碑がある。ここは高齢者クラブはつらつ教室があるところで、週1回、私の仕事場ともなる。Dsc00997この間、この句碑の内容について聞かれたので、わが家にある文献を調べてメモを作ってみた。

 碑には、「生くること やうやくたのし 老の春  風生」とある。風生80歳(昭和39年)の作、同文の碑が新潟県や千葉県にもあり代表句の一つといえよう。また、高齢者対象の施設に適した句だと思う。

 風生は1885年に生まれ若いときから俳句に親しみ、1979年94歳で逝去するまで俳句の世界に生きた人。妻を阿多古の大富部家から迎えていることもあり、天竜に関係深い人物でもある。建立者は二俣町の歯科医鈴木幸平氏。除幕は昭和51年9月9日と92歳の風生の年譜にある。

 風生の句碑は、1992年の調査段階では全国に73あり、愛媛に15基、山梨・千葉に12基、4番目が静岡県の9基である。その内の6基は天竜区内にある

 昭和57年、三ヶ日町都筑に「藺を干してこの村にわが身寄あり」という句碑が建てられた。見寄とは風生の姉である「もと」のことで、わが家の風さんの母に当たる。ふわーと風のように来るから「風さん」と名付けたが、風生の風とも言えるなー、などと思ってみる。coldsweats01

2008年9月 2日 (火)

掛川史跡めぐり

 相変わらず近場の史跡めぐりを続けている。今日は掛川、浜松同様、徳川家康と武田氏との戦いの史跡が多い。国指定文化財横須賀城址。徳川家康が武田氏に奪われていた高天神城を奪取するために、大須賀康高に命じて作らせた平山城で、幕末まで大須賀藩の城。現在は史跡公園になっていて、この日もDsc01686地域の老人クラブの方々が集まっていた。Dsc01691 きれいに積み直された石垣を見ながら登ると天守閣跡が広がる。

 天守閣近くに「翠鳥」の「天守閣 まぼろしに見る 落花かな」の句碑がある。 最近こうした句碑にも興味が湧き、写真に収めてカードにしている。作者の「翠鳥」がどういう人でなぜここに句碑Dsc01692があるのか、今後の課題。

 この城の南は入り江になっていたそうだが、宝永の大地震により土地が隆起し今は住宅地、遙か向こうに遠州灘が広がっている。

 ここはまた、私の住んでいる天竜区から信州に繋がる「塩の道」の起点ともなっている。Dsc01684 Dsc01685